退学に際して【文芸部】   

さてと。


リキペディア、退学しました☆









本当は4月上旬まで黙っとくつもりでありました。















しかし、本日。


文芸部の会議の席で、大々的に「リキペさん退学キャンペーン」をやられてしまっては、事ここに至って隠す意味がなくなってしまったのです。








というわけで、今回のブログは文芸部の「りきペさん退学キャンペーン」についての話題。


退学した理由だとか色々についてはまた別の記事でお会いしましょう。




いざ。











3月10日。



3年目の東日本大震災を明日に控えた今日。




我らが大分高専は成績確認日でした。








というわけで、学校に行ったのですが、既に退学の件を了承しているリキペディアは成績確認をする手間がいりません。



ただ、周りへの見栄や意地といったもので来ているだけなので、配られた成績表に適当に目を通したようなふりをして、適当にサインをして提出します。








そんなこんなでちゃっちゃかと終了した成績確認。

その後、バレンタインで頂いた時の仕返し・・・もといお返しをするため後輩のいる教室へ行って「ホワイトデーなのでー」とありがちな会話をしました。









返す刀で部室へと足を向け、まずは気象天文部の会議に出席します。


そんなこんなで、14時。






気天の会議が終了したので、次は文芸部の会議に向かいます。










ちなみに、この時のリキペディア。


まだ退学がバレてないと思ってました☆











そんな文芸部の会議でも、あたかも来年度自分が未だいるかのような発言を続けます。


まぁ、なんていうかここまでくれば、見栄も立派な建前と化すのではないでしょうか。










と、そんなわけで会議も終わりに差し掛かった頃。




みんなが、示し合わせたようにめくばませをします。



なんでしょう、もうあからさまに悪巧みをしている顔です。













「リキペさん、前にお願いします」



そう言われて教室の前に出て行くと、あら、紙袋を持った同期の来原先生がやってくるではありませんか。












これを見て、ようやくリキペディアも謀られたことに気がつきます。





というのも、今回の会議実行を主導したのはリキペディア自身なのです。

いいえ、今までリキペディアが関与しない文芸部の活動があったでしょうか。



なので、今まで数多くのサプライズイベントがあっても、リキペディアに対してサプライズイベントなどあったことがなかったのです。



つまり、「リキペディアにバレずに何かしらの活動が行われるなどない」といった勝手な妄想といいますか、長い間そうであったから今までもそうである、というようなのが確かにあったのです。












人、それを慢心と呼ぶ。




サプライズ・・・・・・? いえ、知らない子ですね。













さぁ、というわけで、前に連れてこられたリキペディア。


ばっと席の方を見えると、カメラも構えてバッチ準備オーケーな感じです。















で、そこに出てくるは我らが元編集長のごまどれ





「え、私が渡すんすか」「だっておめーが作ったじゃねぇか」



とかなんとか言いながら出てきます。








その手に持っているのは、もう賞状以外の何者でもありません。





「えーっと、リキペ先輩」




読み上げられる賞状はそんな在り来りな内容で始まりました。






「貴方はこれまで7年間に渡って文芸部に多大なる貢献と・・・」





そして、文芸部への功績やら活動やらを読み上げられ。













「ちょっと待って、これ読めねぇ」







予想外のコメントで締めくくられました。








座ってる部員から



「こいつ、コピペしただけだな」
「それはあんまりだわぁー」




というようなヤジが飛んできますw




そんなごまどれ、読めない箇所は諦めたのか適当にすっとばし。








「・・・よって、ここに感謝を表します。文芸部一同」



の文面を以て、深々と賞状が手渡されました。




もうね、このグダグダな感じ、まさしく疑いようのない文芸部です。

すんなりことが進んだ試しがありません。








と、まぁ、気にしても仕方なく、むしろこれは文芸部のご愛嬌です。

笑って流して、ごまどれに向き直り。


「ありがとうございます!」


7年か8年前、中学の卒業式で習ったやり方で賞状を受け取ります。




その瞬間、多くの拍手とフラッシュが降ってきたので、なるほど記者会見はこういう感じなのかもしれないな、とどこかで思うリキペディアがいましたw















しかしまぁ。


リキペディアは賞状を見てふと思います。







ここまで7年・・・いや、待って、正確には6年なのですが、まぁ、ここは黙っておきましょう。
(1年、2年、3年、3年、4年、4年・・・・・・うん、6年間だよ、うん)






まぁ、6年にしろ7年にしろ、人生の3割程度をつぎ込んだ文芸部でしたが、リキペディアは何かしてやれたのでしょうか。







賞状から目を離し、辺りを見渡すと、同期が、後輩がずらりと並んでいます。





リキペディアは、彼らに何か残せたのでしょうか。



















確かに。


リキペディアはこれまで文芸部に相当な肩入れをしてきました。






予算が少ないから、と部の予算を4倍にした。

それでも飽き足らず、「文芸予備費」と銘打って述べ10万の寄付をした。

部員増えたら楽しいに違いない、と部員を3倍にした。

もっと配ろう、とオーキャン・高専祭での発行部数を30部から250部にした。

報連相ができてないから、と連絡網を作った。

他人を祝おう、と部員の誕生会をした。

同じ要領で新入生歓迎会、役員功労賞、卒業生の送別会をした。

面白そうだから、と高専祭の有志出店をした。

会計、編集、連絡、企画、準備、雑務、と文芸のありとあらゆる仕事に手をつけてみた。

OB会との会合を誘致して。

先生に頼んで合宿の計画を練ってみたり。

文化部だし、とお花見やお月見、七夕、ハロウィン、節分、バレンタインやクリスマスといった行事をやった。






どれも、今までの文芸部ではやって来なかった活動で、思い上がりを込めてでいうのならば、全部リキペディアが企画、提案し、部員みんなの協力によって成し遂げられた活動や成果です。


















しかし。






そうではない。















なるほど、確かに自負として、思い上がりとしていうのなら上々な結果です。

リキペディアは多大なる功績を部に残したことでしょう。










しかし、そうではなく。











それら物的な支援や成果ではなく。



また、部活動という組織的なものへの利益や結果でもなく。




















つまりは部員という人間個人に、私は何かできたのだろうか。



ということです。






なるほど、確かにリキペディアが「卒業生送別会」「部員誕生日会」などを行うようになったのは、「他人を祝うような人間になって欲しいなぁー」というのを建前に「まぁ、みんなで騒げるネタがほしい」という理由でした。


この建前を信じるならば、今回リキペディア抜きでリキペディアが祝われたのは、その効果があった、ということで、それはつまり成長の証を残せた、と捉えてもいいのかもしれません。























・・・・・・いや、そうではないか。




書きながらにして思い至りますが、そうではなく。













色々理屈をこねながらも、結局のところこうやって祝ってもらえたことが嬉しいのでしょう。


何せ、卒業は自分以外にも同期とかが一緒だから、むしろ祝う側のつもりでいたぐらいです。




それがまさか自分が祝われ、感謝される側になろうとは思ってもみなかったのです。










むぅ、なるほど、そうして考えるとやはり祝われる側というのはどうも似合わないといいますか、照れくさいものです。


やはりずっと祝う側のほうが性に合ってるのでしょうか。









とは言っても、祝ってもらって嬉しかったことは事実。









それも、まさかこんな短い期間で。


というのも、リキペディアの担任OGTが持つ研究室に同期の部員パピヨンが所属しているのですが、その彼ぐらいしかリキペディアの退学を知ってはいなかったのです。





しかも、それをパピヨンに認めたのはこの日の前日。

つまり、わずか1日で賞状作って、参加する部員に根回しして、贈り物買って・・・と色々なことをしでかしたのです。





それがどんなに大変かつ面倒なことかは、今までさんざん企画立案やら準備やらやってきたリキペディアが一番よく知るところです。


















というわけで、文芸部の皆様。










ありがとうございました!


















リキペディアはこれまで、やりたい放題好き放題やってまいりました!






何かにつけて「あれしよう」「これしよう」と言い、留年して長く居座っているのをいいことに、文芸部の中枢に残り続けました。









それの最たるものは、まさに高専祭の有志出店。


まさに何の見込みもなく、ただ「面白そうだから」で参加表明し、あっちこっちに振り回し続けたリキペディアでしたが、それでもついてきてくれた部員には感謝感激雨あられ。






その上、それらを総称して「感謝している」と賞状をいただいてしまうとは。


やりたい放題やって感謝されるというのは、なんという運のよさというか、文芸部の人の良さといいますか。








そんなわけで、リキペディアは非常に文芸部に感謝しとるのです。



留年して、周囲の環境がガラリと変わってもやっていけたのは、この文芸部にだけは「いつもと変わらない日常」が存在し、それが心の平安を保つのに大きな役割を担ったからでしょう。






リキペディアの高専生活を語るのに、文芸生活はまず欠かせないものですし、これに匹敵するのは寮生活の体験談と留年生活ぐらいのものでしょう。


つまり、もはや生活の一部となっておりました。











そのような、いつもの、当たり前の、生活がなくなるのは誠に寂しいですが、まぁ、本来であれば1年前に味わうべきであったもの。

むしろここまで伸ばせただけでも十分幸せでしょう。










というわけで、文芸部とそこにいた部員に最大の感謝を込めて。


さてさて、ではでは。


























追記。


最後の置き土産として現在作成中の「文芸部大綱」のバージョン2を残しておきます。



これは文芸部のすべての活動を編纂し、部誌の作り方や文章・イラストの作成手順、年間行事やそれら行事ごとに必要な準備、連絡が必要な部署、そして学生会や他部活との連携などなどをまとめた冊子です。



いわばリキペディアのこれまでの経験及び反省などから出来た集大成であります。


まぁ、文芸部のマニュアルというか、辞書みたいなものなので是非ご活用くだされ。






ちなみに、似たようなもんを気象天文部にも作成中です。

乞うご期待。


それでは。
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by rikipedia | 2014-03-11 23:49 | 歴史バカの日記

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