A子とK木とリキペと・・・。   

どうもどうも。


リキペディアです。






えー、はい。

衝撃の事実発覚です。





先日の記事。

「元カノと再開してみよう」にて、超絶久々にA子と再開してまいりました。




・・・んで。

これはそのあとあった後日談でありますが。




まだ夏休みが若干残っていた8月末の某日。

またも中学時代の友人K木とつるんでおりました時のこと。




K木
「そういやさーA子のことやけどさー」

リキペディア
「ん、おぉ。どしたよ」

K木
「やっぱりまだ先方、根に持ってるよ?」

リキペディア
「そりゃぁなぁ・・・・・・」




リキペディア、その言葉には苦笑いでしか返せません。

まぁ、そりゃぁ、恨まれてても仕方ねぇよなぁ・・・と思いながら話の続きを聞きます。





K木
「いや、逆逆。むしろ忘れられない、っていう話なんだが・・・」

リキペディア
「・・・は? ついにボケたかK木」



この時の自分の顔は見事なまでにぽかんとしていたようです。





K木
「いや、ボケてねぇよww まぁ、先方からそういった内容の相談をメールで受けたんよー」

リキペディア
「はぁ、なるほどなぁ・・・」

K木
「で、リキペのご意見は?w」

リキペディア
「俺に意見聞いてどうすんだよ・・・。ってか、今更何もかもが手遅れすぎるぞ」

K木
「おいおい、それは向こうに悪くないか・・・?」



それを聞いて、確かに、と内心で頷きます。

仮に信じ難くもK木の言うことが事実であるとするのならば、それをスルーするのは知ってしまった以上、するべきではないでしょう。




・・・ですが。

ここからは長年自分に言い続けてきたことですが。


「こっから先何したいのか?」








仮に、K木の言うことが事実としましょう。

ならば、確かによくあるようにもう一回話してみたりなんなり事態を進展させるほうがいいでしょう。




ですが、事態を進めて、自分は一体何をしようというのでしょうか。




既に、別れてから4年。

4年も放置した挙句、また自分の方から言い寄るのでしょうか。


そして、また、中途半端なことしかせずに放置するのでしょうか。



既に、話し合いを持つべき機会はとうに過ぎてしまいました。

今更、謝るにしろ話し合うにしろ、一体何について謝罪し、何について話し合うのでしょうか。


そして、自分は何がしたいのでしょうか?

ヨリを戻したいのか? 忘れたいのか? どうなのか?


4年間、ずっと自問自答してきて、未だ回答が出せずにずっと逃げ回って、現在のこの状況。




今更・・・今更何をどうするというのでしょうか。



そして、この情報を知ってしまった以上、自分は何をすべきでしょうか。

とっさに思いつくのは難しく、その時の自分の決定は以下のとおりでした。




リキペディア
「次、A子に会うのは・・・9月3日でI開も含む4人だったよな・・・?」

K木
「うん、そのつもりやけど・・・・・・」

リキペディア
「先の情報、自分は何も聞いてない。知らんことにする」

K木
「それはなんでもひどくね・・・」

リキペディア
「今更すぎるし、その情報が本当だという証拠はないではないか・・・」

K木
「うーん・・・まぁ、そうなるのかな・・・。でもリキペ、それでいいん?」

リキペディア
「いいんだこれで。これ以上事態を複雑にするよりかはいいに違いない・・・」





今思い返せば、この最後の言葉は自分自身に言い聞かせるためのようなもんですが。





ってなわけで、つまり。

またも現実から逃げ出しました。リキペディアです。






嫌なことがあると、それがなかったかのように振舞うのが、今まで生活してきて把握した自身の性格であります。

A子関連のことも、例外なく同様です。


確かに、感情の面では「楽しかった思い出」というくくりでしょう。この事実だけは全くもって間違っておりません。

「あぁ、楽しかったさ楽しかったよ」と大声で言ってやります。


・・・ですが。

そこに理性の方向から考えを入れると状況は一転します。


今更、自分はどんな面でもってA子になんと言えばいいのでしょうか?

仮に謝るとして、今更謝ってどうしようというのでしょうか?

またA子に関わってA子に迷惑かけるつもりでしょうか?



ことここに至るまで、4年間。

自分は「完全無視・我関せず」の態度で放置をし続けました。

ここで方針を変えてしまっては、この4年間、すべての意味がなくなります。


これ以上、事態を複雑にして、また迷惑をかけるのはゴメンです。




というわけで、すでに決まってしまった9月3日の予定は別にして、自分としては早くA子に忘れてもらえるよう、これまでどおりの何ら関わりを持とうとしないスタンスで過ごしていくのが最上だと、結論づけました。

以上です。

さてさて。ではでは。





















追記。

記事を書いてて思いましたが。


どうやら、自分は「そう思い込もうとしている」というフシがあるようです。




例えば。

自分が居ないほうがいい。

自分は何もしないほうがいい。

自分は関わらないほうがいい。



これらは全てリキペディアの中で絶対的な「定義」のようなものですが、その定義を維持するために、この定義が絶対不変のものである、これしかない。


・・・そう信じ込もうとしているようにも思えます。





この事実に気づいたとき、スゲェ無駄なことをしてるようにも思えました。

ですが、この定義を変える気は現状では全くありません。


A子にとって、既に「リキペディア」という個人の価値は年数という歴史に埋もれ消え去ろうとしております。

それをわざわざ、しかも今更掘り返して、一体何になるんでしょうか。


誰も、誰一人として得する人はいません。



それならば、自問自答と自責を続けるだけの方が良い気がしてなりません。

というか、そう信じたい、というのが本音です。


既に4年経ちました。

今更、本当に今更自分は一体何をしようというのか。


これは、このままあと数年黙り続け、そのまま歴史の中に埋没するべき出来事です。

そうです。そうに違いないのです。



それでは・・・。


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by rikipedia | 2011-09-05 22:49 | 歴史バカの日記

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