東京訪問1日目+2日目。   

さぁて。


では。まぁ、葬儀の様子と言うかそこらあったことを説明しましょう。





学校で散々サボった扱いされたからなぁ・・・。苦笑。



さぁて。
ではでは。













5月5日。火曜日。

4日の月曜に家に帰宅したリキペディアでした。
で、この日。








朝 6時起床。



まぁ、それでも結構寝坊した方なんですが・・・。


で、急いで準備し、6時半。

弟Bと共に父の車に。
弟Aは隣の部屋で寝たままだ。


まぁ、コイツは行かんからな。




で、1時間ほどかけて大分空港へ。
到着したのが7時半をちょっと過ぎたころ。



大分空港はいつもより人が多く、こんなに混んでいるのは珍しかった。




で、それから機械にIDを打ち込んで飛行機のチェックインを済ませ、適当に時間をつぶして午前8時20分。






JAL航空 東京行き 1782便
離陸。




滑走するときのG、飛び立つときの浮遊感。

それから座席に無理やり押し付けられるこの感じ。


嫌なわけではないがやはり慣れない。






さぁて。
ま、飛行機と言っても特にすることがない。



景色と言えば真っ白な一面の雲ぐらいだし、弟Bは持参したDSでピッコピコ遊んでるし。
俺はとりあえず昨日買っておいた小説。「タイタニア」を読むことにした。


途中、無料配布のジュースを飲んだり、弟と会話してると。



午前10時。羽田空港到着。




さぁて・・・。

しっかしまぁ、広いな羽田は。



地下に直通の電車用プラットホームが数本あり、地上は1階が到着ロビー、2階が出発ロビー、それ以降6階までがレストランやショッピング、お土産屋だ。


特筆すべきは高さだけではなく横の長さも書いておくべきか。
横の長さは構内の一番広い1・2階ロビーだけでも400m以上はあると思われ、壁を貫通すればもっとあるわけだ。


で、さらに同じ規模の第二棟を建設中と言うからさすがと言うべきか。





まぁ、そんなに埋め立ててると東京湾が消えそうな気もするんだが・・・・。











さて。
で、まぁ、今日はお通夜。
しかし、5時に渋谷につけばよいらしく、それまでの余った時間、どうするか弟と協議した。

それならばもう少し後の便でもよかったんだが、まぁ、せっかく東京に行くんだからと言う親の配慮らしい。


で、弟は「ガンダム見に行きたい」とのこと。


まぁ、お台場に実寸大ガンダム建設中らしく。
しかし、完成は7月。


だから今行ってもどでかい下半身の足があるだけなのだが・・・・。
まぁ、他に行くあてもなく、行くことに。





で、クモの巣の方が線が少ないと思われる無駄に線だらけの路線図を調べ、一番どれがいいのか調べると、羽田からモノレールで天王洲アイルまで行き、それからりんかい線で東京テレポートまで行くのがいいらしい。




他にも線はあるがややこしいから一番これがよさそうだ。









まぁ、そんなわけでモノレールで天王洲アイルへ。
天王洲アイルには10時40分ごろ到着した。




それからりんかい線に乗り換えて東京テレポートまで。
りんかい線は10時58分発で東京テレポートには11時20分に到着した。






で、まぁ、お台場に到着したわけだが。





















ガンダムどこだ?








フジテレビ前を通ってテレビカメラの質問攻めに遭ったり、適当に歩いて地元の人じゃないのに道聞かれたりして、いろんな地図を参考にし、結局最後には親父に電話して、「潮風公園」の「太陽広場」あることが判明。









で、まぁ、行ってみたわけで。

写メで画質悪いが、どぞ。

f0186726_17332454.jpg






・・・・。

まぁ、想像してたより骨組がむき出しなのね・・・・。














さぁて。
まぁ、見たことだし。


次に行こう。







ってまぁ、行くあてもないので、とりあえず、秋葉原に行くことにした。
まぁ、まだ時間あったし。



これが大体12時ぐらいだ。

ルートはお台場駅からゆりかもめに乗って新橋まで行き、そこから山手線に乗り換えて秋葉原までだ。

ちなみに、新橋の一つ前は汐留。
ズームインとかやってるとこ。



秋葉原到着は午後1時でした。






・・・さぁて、秋葉原と言っても、そんなにあちこちにメイドさんやらなんやらがうろついているわけではない。



それに俺らが用事があるのは駅の隣にある日本最大の家電量販店。
ヨドバシカメラだ。




地下5階から地上8階まであり、1階はオーディオ機器専用、2階はパソコン機器専用・・・・6階がゲーム(なぜかプラモやパズル、フィギュア、ガシャポンも)専用で、7階が本屋。8階がレストランだ。


他の階は行ってないのでわからぬ・・・。





まぁ、最初、6階で弟とゲーム見て時間をつぶし、途中離脱して2階のパソコンで時間を消費した。
まぁ、N森からの頼まれモノもあり、それを一生懸命探してたわけだ。


しかしまぁ・・・・・。さすがヨドバシ。
マウスやキーボードだけでも10種類以上がズラーーーーッと並び、USB扇風機や充電器とかもあった。


パソコンも本体だけではなく、バラ売りで売ってあって、「組み立て専用相談所」みたいなカウンターもあった。




うん。
S科の方々みんな連れてここに来たいな。

多分、1日つぶせる。




で、2時くらいに少し遅い昼食。
パスタ。







で、3時50分に秋葉原を出発し、幡ヶ谷まで行き、そこから徒歩で20分ぐらいのとこに斎場があった。
到着したのは5時ぐらいか。



控室で喪服(学ランだけども)に着替えて、6時まで弔問客の案内・接待をした。
ばあちゃんの兄弟やらおじさんおばさんが結構参列。

まぁ、親しい人だけらしく全部で30人ほどだった。









で、6時からお通夜開始。













さて。


ここで一つ問題。

Q・あなたは朝6時におきました。それからずっと寝る暇なく動き回って、ようやく落ち着くことができました。

どうしますか?


A・寝たいですね。




Q・しかし、そこは寝てはだめです。

どうしますか?



A・眠らないよう努力する。







Q・最後に。
そこはかなり静かで、お坊さんの唱えるお経と木魚の音が一定のリズムでかなり心地よいです。

どうしますか?











A・爆睡だね。










ってなわけで。



えーーーー。


ひいおばあちゃん、本当にゴメン。
でも。



眠いです。


こんなにも眠いのは久々です。



しかも疲れてます。
飛行機乗るのも、電車乗るのも、大分ではまずない人ごみの中を移動するのはめっさ疲れるんです。





うん・・・・だか・・・ら・・・ごめ・・・・・・




ZZZZZzzzzzz・・・・・・・・・・・・・・・・







まぁ、そんなわけで。



ご焼香も親族なので最初の方。

2人ずつでも3番目あたり。



ヤベェ。
おかげで前の人のよく見てなかった。



まぁ、ごまかしつつご焼香をし、それからはさすがに目がさえて、7時に終了。


それからみんなで食事会をし、帰宅(ばあちゃん・じいちゃん家)したのは9時近くだった。



まぁ、それから風呂に入り、おじさんやらとワイワイとやって、いつもどおり12時にはくたばった。




うん。
疲れてたし。








で、さぁて。


まぁ、2日目と行こう。



2日目は少し遅めの8時に起床。
そして9時半ごろに出発だ。



まぁ、この家からタクシーで20分ほどで斎場に到着。



で、11時より葬儀。
昨日と同じようにお坊さんに念仏を唱えてもらって、ご焼香。

ちなみに宗派は「臨済宗」の「長安寺」だとか。



まぁ、それがすんだら火葬となる。
火葬場も併設されているため、車で運ぶのは儀礼的なものだ。



ひいおばあちゃんを火葬してる間は2階にて休憩。
で、1時ほどに終わり、お骨を骨壷に移し始めた。


俺がお骨拾いをするのはこれで2回目。
前回はおばあちゃんの母さん、俺からは同じくひいおばあちゃんの時で、同じようにこうやって東京に来たんだっけ。





俺は一番下の弟、弟Cと共に長細い骨を拾い上げた。








一人一つずつ骨壷に入れ、入れ終わったとき、俺はその弟Cにこう聞かれた。



「ねぇ、なんでひいおばあちゃんを焼いちゃうの?」



と。






この質問は小学3年生と言う若さゆえの質問だろう。

弟Bのような中学生や、小学校高学年になれば質問しないであろう質問。



答えるのは簡単だ。
「放置すると腐るから」

「虫が湧く」

「異臭がする」

「維持するとお金がかかる」





だが、そうではない。


理由はないが、そう説明してはならない。






俺はそう考えた。





さて、それが終わったのち、みんなで最後の会食会となり、おじいちゃんが「最後に明るく楽しくやりましょう」と宣言したとおり、明るい会食会となった。




で、3時ほどに解散となり、親戚はそれぞれの地方へ帰って行った。



ある者は長野。

ある者は名古屋。

ある者は千葉。



俺らは家にひいおばあちゃんのお骨をお納めした後、急いで帰宅の準備をし、4時には家を出ていた。

別府への帰省は4人。
来た時に加え、母さんと弟Cがいる。


来た時と同様、しかし、母さんのおかげでロスが少なく羽田空港内を動き回り、午後6時55分。
一番最後の便で大分へと向かった。



大分空港に着いたのは8時半でどう考えても寮の点呼時間である9時には間に合いそうになかった。

まぁ、元から連絡はしていたが、念のために第一当直室に連絡を入れ、遅れる旨を通達。
それから急いで寮へと戻り、5月6日。木曜日。午後10時半に寮についたわけだ。



まぁ、眠かったのと疲労が重なり、すぐに寝たリキペディア。

その疲れは一日経った今でも残ってるわけだが・・・・。










さてさて・・・・・・・。

まぁ、こんなもんでしょう。
ではでは・・・・・・・・・・・・。















追記。
ひいおばあちゃんの遺品の中に、昔の年賀状やらがあった。


消印。「1909年」


・・・?


一世紀前ですね。





もちろん、漢字や読みは旧文字で今の人は読めない。
が、これはもはや・・・・・。



で、ポストカードなど、裏一面が絵や写真になってるやつがあったが。その中に。



「大日本帝國海軍 1等巡洋艦」
(艦名は忘れた)


と言うロゴと、軍艦の写真。







っておいおいおいおいおいおいおい。


ちょっとマテ。



一等巡洋艦だと?






俺は軍事に詳しく、第二次世界大戦の日本の軍艦ならば大抵を暗記している。
それだけの自負もある。





しかしだ。
一等巡洋艦(WWⅡ時で言う重巡洋艦)でこの形と名前は見たことがない。



それに、右上にある軍服を着たこの人。

大将か総帥であろうか・・・・。




しかし、俺の記憶中にこのような人はいない。
二つの点が俺の頭に回答を作る。

















これは・・・。
第二次世界大戦ですらない。






それよりもっと昔。

第一次・・・・。いや、それでもない。





これは・・・・。
日露戦争時の軍艦・・・!!




日露戦争・・・・・。
あれは確か1904年からだったはず・・・。



ならば納得できないものではない。
しかし、資料写真としてでしか見たことがない軍艦を・・・・。


同じく写真とはいえ、その軍艦とおなじ時を過ごしたはがきが俺の目の前にあるのか・・・・。



宝箱、玉手箱・・・。
そう表現するのがふさわしい。





そして、今日親戚・知り合い一同で撮った写真。
デジカメなので何気なく見ていたが・・・・・。




「・・・・!!」






・・・・・・・。

驚くのは無理はない。



なぜにこの写真の中に皇族に連なるお方(宮様)が映っておられるのだ。




この当然の疑問に当然と答えたおばあちゃんは一言。

「同期だからね」


・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・。



先ほどの玉手箱と言い・・・皇族といい・・・・・・。




ひいばあちゃんよ・・・・。
あなたは何者ですか・・・?
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by rikipedia | 2009-05-07 21:56 | 歴史バカの日記

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