崩御 ~人の死と共に~   

5月1日。金曜日。





GW目前となった今日。











朝ケータイを開くと母さんからのメールがあった。


「ひいおばあちゃんの容体が悪いので、実家に戻ります。」



と。

・・・・なるほど。
確かに去年。夏休みに遊びに行った時は少し元気がなかった。
と言うか、もはや自分をひ孫だと認識できておらず、孫である母さんも、実の息子であるおじいちゃんでさえも認識できていなかった。





で、GWの予定等はどうするかメールして、指示を仰いだ。
何通かメールをし、俺はトイレへ出向き、部屋に戻って携帯を開いた。



新しいメールがあり、開いてメールを見た。




















午前8時12分。
「今連絡があって亡くなった」

















着たメールにはたった一行そう書いてあった。






これは・・・・なんだ?


エイプリルフールは1ヶ月前だ。
何かの冗談なのか?


だとしたら笑えない。



それともこのメールを消せばなかったことにでもなるのか?

それともまだ夢の中なのか?
さっき朝飯を食ったことも、顔を洗ったことも。

トイレへ行って帰ってくるまでの短い間に?










しかし、続く報告の数々がこれは現実だと否応なしに告げる。








享年 96歳。



死因 肺炎。










先週の日曜日に食べ物をむせて、それがもとで肺炎となり、亡くなったのだと言う。


・・・・・。
人間とは、こうも脆いものなのか。


食べ物をむせた程度で肺炎となり、死亡するのか。

ちなみに、今から96年前と言えば明治時代だ。
ペリーが来航し、江戸から激動の時代となったあの明治。

日清戦争や日露戦争。
第一次世界大戦に第二次世界大戦。
それらを生き抜いてきたひいおばあちゃんはもはや日本国の遺産級である。






しかし、いつまでも呆けてるわけにはいかない。
俺は今後の予定が決定したら即刻連絡するよう伝えた。






そして1限目が始まった。

教科は英語A。担任O木の授業だったが、ずっと上の空だった。




実際、先生に「ボッーっとしてる」と注意を受けた。
そういえば始まる前にも友達に似たようなことを言われたっけ。






2限の科学をノートを取らずにすごし、製図にも集中せず、制限時間ギリギリの4時に課題を提出。


その頃には予定の連絡が携帯にきていた。







予定。
5日 通夜。
6日 葬儀。





行きは5日の午前8時にここを出立。
となればお通夜は夜にあるのだろう。


帰りは6日の18時半に出るらしい。
となれば、どう考えても寮点呼の21時には間に合うまい。




なにせ、実家とは直線距離でさえ1000kmも離れているのだから。




ちなみに、最初は車で行く予定だったらしい。




いつものように飛行機だと金がかかるかららしく。
しかし、移動時間を考慮すると、諦めて飛行機を選択したようだ。



まぁ、個人的なことをいえば、気圧の変化による耳への負担がどうしても慣れないのだが・・・。













・・・・と言う訳で実家である東京に帰省することとなったリキペディア。



その間、更新はできないと思われます。

大変申し訳ありませんが、事情の方を考慮し、ご免除頂けたら幸いであります。<(_ _)>





ではでは。
喪服の準備もあるので、自分はこれで。
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by rikipedia | 2009-05-01 17:37 | 歴史バカの日記

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